発会までの経緯

■出会い

2020年4月、僕は2人の若年発症2型糖尿病当事者A君とIさん(2人とも僕の受け持ち患者さん)と「『生活習慣病』を死語にする会」を発会しました。きっかけは発起人の1人であるA君から「糖尿病を抱えて生きることで生まれる“生きづらさ”(スティグマ)について当事者が集まって話し合うような場をつくりたい」と持ちかけられたことです。こうしたテーマは、医療人類学と出会い、病気の生物医学的側面(Disease)だけでなく、患者の病い体験(Illness)を尊重した医療の取り組みを探求していた僕にとっても、とても重要なテーマと感じられました。そこで僕は同じような経験を乗り越えてきたIさんに声をかけてみました。そして、2019年12月19日、新宿の京王プラザホテルに集まって、第1回目のミーティングを開きました。このときは、それぞれの糖尿病ストーリーを語ってもらい、「いつか糖尿病に関連したスティグマに配慮することの大切さを社会に伝えたり、また当事者が話し合うことができるような場を作れたら良いね」という結論に達しました。

■2回目のミーティング

2回目のミーティングは2020年3月14日、小雨の降る寒い週末、新宿のルノアールに集合しました。このときはお二人の発病時の状況を想い出していただきながら、お二人の当事の気持ちをもう少し突っ込んで伺いました。また僕は2019年11月に発表された日本糖尿病学会・日本糖尿病協会合同「アドボカシー活動」について紹介し、最近発表された糖尿病関連スティグマの論文のエッセンスをかみ砕いて説明して、お開きとしました。

■会の命名、目的、活動方針を決める

2020年3月と言えば、新型コロナウイルスの感染者が増え始めた時期。その後の話し合いはもっぱらFacebookのメッセンジャーを使って行いました。僕がまず「目的」「活動方針」に関するたたき台となる文章を提示し、3月22日〜24日にかけて3人で討論しながら練り上げていきました。お二人からも多くの意見が出て、満足のいくものが出来たと思っています。会の名称についてですが、やはり「スティグマ」という言葉は難解すぎること、そして糖尿病当事者を苦しめている社会からの誤解や差別、非難、決めつけの多くは『生活習慣病』という病名が日本社会に定着したことに負っていると思われることから、それがストレートに伝わりやすい「『生活習慣病』を死語にする会」という名称にしようと決めました。

■最終目標は改名運動に繋げること

今、一般人もほとんどの医療者も糖尿病の病名改名の必要性を感じている人は少ないと思います。それは「生活習慣病仮説」を当たり前のことと信じているからです。だから「生活習慣病」を死語にするための戦いが、改名運動の本丸なのだと考えます。多くの人たちの賛同や協力が必要です。生活習慣病という病名が幅を効かせている社会では1型糖尿病文化は相変わらず2型糖尿病文化に対してスティグマを貼って、両者の間の壁はなくなりません。1型も2型も含めた新たな病名を誕生させるためにも生活習慣病という言葉には退場してもらわなければなりません。生活習慣病に関する社会的な議論の高まりから新しい意味が生まれることを期待しています。それが僕が考える糖尿病という病名の改名運動です

■糖尿病関連スティグマ

それは多くの糖尿病を持った人が無意識に感じている生きづらさです。

□20代で2型糖尿病を発症したある女性の言葉
「20代で糖尿病と診断された私は、医師から直ちにインスリンが必要だと言われました」
「でも私はそのとき、それを受け入れたら、自分が社会的に差別され、とても不利な立場におとしめられてしまうという不安に駆られました」
彼女はそれから、実に半年間も、身体が悲鳴を上げるまで治療を拒否して頑張り続きました。
そして10年以上経った現在、彼女は「あのときの自分は社会的スティグマに苦しめられていたのだと気づいた」と告白しました。

□多くの糖尿病患者が『スティグマ』を感じています
あなたはこの女性の苦しみに共感できますか?
『スティグマ』とは、人間の違いをその人が望まないような特性とリンクさせて、ステレオタイプにラベル付けすることです。その多くは”太っていて、怠惰で、食べ過ぎ”といった「決めつけ」「ステレオタイプ化」、その結果、社会からの無言の「非難」や「差別」を感じ、罪悪感、恥、自責の念、孤立感などに苦しんでいる人たちもいます。

□『生活習慣病』という言葉の使用を廃止することで実現する社会
歴史的にみて、1996年に制定された『生活習慣病』という言葉がこうした社会の不当な意味付けに大きな影響を与え、医療者を含むほとんどの人々がなんの疑いもなく、「悪い生活習慣が糖尿病を発症させた」と信じる社会をつくってしまいました。
私たちはこうした社会からの不当な意味付け、当事者を苦しめる社会的な誤解を正して、糖尿病をもった人たちが社会的不利益を被ることなく、生きていくことができる社会をつくっていく運動を広めたいと考えています。

■最後に

この会はまだたった3人からなる“ひよっこ”の会です。私たち3人はまだまだ力不足ですので、社会学、文化人類学、医療人類学、心理学、行動遺伝学など多くの専門家の力を借りながら、コツコツとマイペースで進んでいきたいと思っています。今は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、イベントや集会が自粛されていますが、今後 状況が好転した暁には少人数の集会を開けたら・・と考えています。